其の十三 前田利家

2010.12.06

さてさて、今年もあと僅か・・・そんな台詞が似合う今日
この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?師走ですよ!!
そりゃ〜お坊さん(師)も忙しくって走るってモンですよ!
さてさてこのおっさんも13回目!干支にしたら2周目
です!覚えている人はごく僅かだと思いますが第一回目は
前田慶次郎!そして2周目はこのおっさんからです!
槍の又左こと、前田利家!このおっさんにロックオン!

又左のおっさんのイメージは原哲夫氏の「花の慶次」が強く、あまり良いイメージがなかったんですが色々な文献や他の媒体を読み解くと、今まで持っていたイメージががらりと変わってしまいました。なかなかかっこえ〜おっさんです!!若い頃は慶次郎のごとくいやいやそれ以上かもという位の短気で喧嘩早く、派手な格好をしたかぶき者だったみたいですね〜!しかしその血気盛んな事が仇となり若い頃はめっちゃ苦労の連続なんですよコレが・・・永禄初年頃に織田信長の親衛隊的存在の直属精鋭部隊、赤母衣衆筆頭に抜擢され多くの与力を添えられた上に、昇給もして、奥さん(まつ/芳春院)を側室に迎え、これからやったるぞい!と言う時に信長の異母弟で同朋衆(ここで言うところの同胞衆は現代でいう同性愛の事です。戦国の世では武士のたしなみのひとつでもあり主君に寵愛される事もステイタスだったんですよこれが!でも誰でも良いと言うわけでもなくやっぱり文武に秀でていて格好良かったりしないとアカン!みたいだったようです・・・かなり脱線してしまいましたがこの辺で本題に戻ります)の拾阿弥と諍いを起こし、拾阿弥を斬殺したまま出奔、浪人暮らしをする羽目に・・・その後信長の戦に推参(勝手に参戦)するもなかなか許して貰えずへこんだ感が漂っていたそうな。そんなこんなでようやく許しを得た、利家のおっさんです!ここからはバリバリ武功を上げその地位をどんどん確立して行ったんですね〜!

若い頃は血気盛んのかぶき者、赤母衣衆筆頭として信長の元で活躍!
加賀100万石を創り上げたかっこえ〜おっさんです。

さて、前回は何を思ったかふらっと海外に行ってしまいましたが、あれはあれでリフレッシュできました!(笑)
2011年はどのような年になりますかね〜がんばっていきましょ〜!!