Vol.56 (株)高根沢町元気あっぷ公社 営業課 係長 古口順也さん

2007.07.04

■小高い高台にそびえるは、高根沢町最大のレジャー施設
 高根沢町の最大のレジャースポットである「元気あっぷむら」は、お城のような様相を持つ、高台にあるレジャー施設だ。創立は平成9年。9年前のオープン当初より、立ち上げに関わった営業課係長の古口さんにお話を伺った。「オープン当初は正直批判もありました。今は9年目ともなり、続けてこられてよかったと心から思っています。」メインのコンセプトは「風景・風土・風味」の3要素を打ち出したもの。高根沢町は住民の6割が農家で、自慢はお米の生産だ。販売している野菜類も、地元の農家の方が生産したもの。 「毎朝、採れた農産物を持ってこられて、販売して頂いています。地域の活性化にも繋がるし、生き甲斐ややり甲斐といった意味でも、貢献できれば…」施設の自慢はなんといっても温泉。70℃の高温と毎分400リットルの豊富な湯量を誇る、身体にやさしい弱アルカリ性のナトリウム・塩化物温泉だ。含まれる塩分のため、なめるとしょっぱいのが特徴ではあるが、そのおかげで湯冷めもしないと好評だ。町外、特に宇都宮方面や、他県からのお客様も多い。温泉利用の後は、くつろぎのスペース「アトリウム」がある。アトリウムとは、古代ローマの建造物で「中庭」を意味する言葉だ。南側へ向けた大きなガラス戸と、2Fにつながる吹き抜けが開放感を演出している。コンベンション、展示場、待ち合わせ場所など、使用目的も多岐に渡る。本館には抗菌作用のある竹を用いた床剤が敷き詰められており、全館床暖房という、素足で利用できる配慮が行き届いている。また、2Fの大広間は日本一の規模を誇るものだ。」

■高根沢自慢の食文化の数々
 「とりわけ食文化には力を入れています。そば打ちが体験できるコーナーも併設しています。味の方も、ご好評頂いているんですよ。」豆腐の店「雪花奈(きらず)」も人気を博している。きらずとはおからのことだそうだ。地元の大豆に天然にがりを加えた、本物のこだわり豆腐の店だ。その他、おからを使った加工品なども製造販売している。「運営は女性起業家グループの【元気あっぷまめクラブ】。味には絶対の自信があります。また、かわいいミニカフェも好評です。」売店のコーナーには地元台新田独自の「ゆずジャム」や「ゆず羊羹」などもある。その他、高根沢町の名産品も豊富にそろう。「趣味の会や障害者の方、ボランティアの方にもご協力頂いています。特に好評なのは廃油石けん。これで運動靴などを洗うとよく落ちると好評なんです。」施設をぐるりと囲む自然の景観も素晴らしい。約10ヘクタールの広がりに郷土本来の里山を再現した森には、遊歩道や散歩ゾーンがある。多くの山野草が群生し、野鳥や昆虫の観察も可能。また、池を望む親水公園では、池の水を利用する水路が併設されており、自然石を用いた岩組み共に、美しい田園風景が楽しめる。」

■オープン10周年を控えて
 元気あっぷむらには「素足ロード」というのがある。建物の周囲をぐるりと囲む形で作られた歩道には、丸い石が埋め込まれている。「東洋医学に『観趾法」というのがありますが、その理論を元に中国青梅省と高根沢町の協力で作られたものです。一周111メートルの歩道を、靴を脱いで素足で楽しんで頂きたいですね。」人と自然と食と…訪れる人を心身共にリフレッシュさせ、元気にさせるための憩いのスペース。そのためのこだわりと配慮が随所に行き届いている、それが元気あっぷむらだ。「お子様からお年寄りまで、みんなが楽しめる場にしたかった。そしてこの高根沢を活性化させることはもちろん、高根沢の良さをもっと知ってもらいたい一心でした。私も一人の高根沢町民として、それが使命であるし、自分にしか出来ない仕事だという自負もあります。町民も利用でき、また他地域の皆様にも愛される施設が、当初からの目的でしたから…」高根沢をもっと広く発信したい、そんな願いの位置づけとして何年も機能してきた。この4月には7日?16日まで、「さくら祭り」も開催されるということだ。高台に立つ憩いのスペースとして、元気あっぷむらはもうすぐ創立10周年を迎えようとしている。」

Vol.55 雅城グループ 代表取締役副社長 大島正浩さん

2007.07.04

■トータルビューティーからトータルファッションへ
 コンセプトは「トータルファッション」。社長の「トータルビューティー」を受け継ぎ、さらに事業を拡大した雅城グループ。副社長の大島さんは、元々は製造業出身。「トータルファッションとして、物事をとらえる視点を持ちたかったんです。」美容室から始まって、貸衣裳、ブライダルプロデュース、写真、婚礼ヘアメイクと、事業も多岐に渡る。「最初のきっかけは美容室。2004年の12月にオープンしたのが『シュブデザイン クレイル』「シュブ」とは、フランス語で「髪」「クレイル」は「光」。お店の名前の意味は「髪をデザインする光」だ。「スタッフが光り輝くお店は、お客様を輝かせ、やがてお店全体も、地域も光輝いていく…そんな願いが込められています。県北にもこんな美容室があるんだ、というのを、若手の美容師さんにも是非知ってもらいたいですね。」美容という全く未知の分野に飛び込んだ大島さん。「技術分野を知らない分、ぶち当たるべき壁が現れ無かった、ということもあると思います。」2004年は黒磯店を移転、翌年は西那須野に新規オープン、また同年には大田原でもリニューアルオープンを図った。ヨーロッパスタイルの美容室は県内にもたくさん点在する。大島さんが敢えて選んだのは、「シノワズリスタイル」だった。ヨーロッパのフィルターを通して見た、中国式の様相…高級感溢れるスタイルで、他店にはないオリジナリティーを生み出した。高級感たっぷりの落ち着いた雰囲気。イメージ戦略にも成功した。「トリートメントはロレアルの『ケラスターゼ』を使用し、頭皮メニューも行っています。県内だと主要な美容室は宇都宮に集まりがちですが、県北のエリアでこれだけのレベルを保持していることに、誇りを持っています。」

■スタッフが輝き、お客様が輝き、グループ全体の発展へ。
 「スタッフが働きやすい環境というのを、一番重視しています。それが直接、グループの成長につながっていくと思うので…」中途の技術者にとっても、教育システムや給与体系を曖昧にせず、改善に改善を重ねた。キャリアアップや売り上げアップが出来れば給与も上がるという、シンプルなシステム。再来店率も評価に組み込まれる。「試行錯誤しながら、システムを改革してきました。美容技術のことは分からないですが、マネジメントを主体として行っています。」結婚し出産を経て、再び仕事を再開する女性スタッフも多いと聞く。それだけに、働きやすい環境は不可欠、と大島さんは語る。人事的なことはもちろんだが、事業内容においても、崩せないスタンスがある。それは、安売りでの勝負は決してしない、というものだ「安売りはいつでもどこでも出来る。だからこそ、その戦略を安易に選びたくない…スタッフの質も下がりますからね。これからの時代は非常に2極化していくと言われているからこそ、安いものでなく、高くとも質を見極めて支持されるものを目指していきたい。付加価値の幅をもっと増やしたいと思います。」  「トータルルファッション」という事業内容の名の通り、雅城グループのカテゴリーは、単なる貸衣裳専門店でもなければ、美容室だけでもない。ヘアだけ、ドレスだけに力を入れることは無く、常にトータルでどの分野も伸ばしていきたい、という大島さんの方向性は、当初から変わることはなかった。 「ヘアだけ、メイクだけ、みたいな差別化はしたくないんですね。女性が美容室を後にする時も、髪型だけを気にしているわけではないはずです。ヘアのチェックと、メイクと、ファッションと、トータル的に気にするはず。美容室を出て、車に戻って真っ先にメイクを直すと思うんですよ。だからうちは、サービスとしてヘアチェンジの後に、メイクのお直しもご用意しているんです。」 メイク教室や化粧品の販売にも力を入れている。栃木県初の、トニータナカのブランチサロンも開始。トータル的に喜んで頂こう、という信念の元に拡大する事業分野の数々…繊細で柔軟な発想が、更に新しい扉を開く。」

■オワゾ ブルー 新スタイルの挙式を発信。
 「シビルウエディング」。あまり聞き慣れないこの言葉も、雅城がこの春より打ち出す新しいウエディングスタイルだ。これまでの挙式は神に誓うスタイルがメインだったが、シビルウエディングはお世話になった肉親・友人・同僚を証人として愛を誓う、感動的な挙式スタイルとなっている。式の中でも簡潔型だということだが、雅城がねらうコンセプトは、「スタイリッシュでクオリティの高い、温もりのある挙式」。宗教色のないことも一つの特徴だという。そのシビルウエディングを行う専門ホール「オワゾブルー」がこの春、産声を上げる。「ストーリー性がドラマの大切な要素となるため、新郎新婦は別々の部屋で準備を進めます。相手がどんな晴れ姿で登場するかは、一切本番までお見せしない。この世でたった一つのウェディングを是非ご提供したいんです。」オワゾブルーの名称の意味は、フランス語で「青い鳥」。空に羽ばたく幸福の青い鳥が、この春より何組ものカップルの未来を見届ける。きめ細やかな配慮と、サービスは大島さんの人柄のなせる技と言える。女性が最も美しく輝く瞬間を導き、創造するストーリーテラーのような存在だ。」

Vol.54 オーガニックダイニング SUZUNE オーナー 鈴木倫久さん

2007.07.04

■清らかで美しい暮らし
 県庁前通りのビルの1Fに、新しいダイニングがオープンした。その名は「オーガニックダイニングSUZUNE」。店内は黒や茶系統の色で統一された、非常に落ち着いた空間。特徴は何よりも、マイナスイオンを出すと言われる長石を使用していることだ。長石とは、不安物質を一切使用しない天然石。入り口を入ってすぐ、広がる空気の違いを是非味わって欲しい「お店全体で、『癒しの空間』を演出できれば…」とは、オーナーの鈴木さん。着工から完成まで7ヶ月。陶芸家、大工、照明専門業者、各分野のプロ達との出会いによって実現した空間は、見事なものだ 「自分自身も、様々な分野のプロの方と出会うことによって、本当に勉強になりました。どうせやるなら、通常のやり方ではつまらない。やるならとことんこだわりたい。そんな我儘を叶えた自慢のお店です。店内の隅々まで、気遣いの活きた空間に仕上がったと思います。」 店舗名の通り、出される料理も全て、天然素材のものばかりというこだわりだ。「色々な飲食業を経てきましたが、以前は営業の仕事もしていました。元々実家が割烹屋をしていたのですが、幼い頃はさほど食の世界には興味は無かった。ただ、食べることが好きだったので、いつかそれを形に出来たらな…という漠然とした思いだけはありました。「オーガニックダイニングSUZUNE」の発足を語るに、外せないお店がある。益子町にあるオーガニックカフェの「スターネットカフェ」の存在だ「『スターネットカフェ』の馬場オーナーと知り合いになり、この空間が完成しました。店内のデザインもそうだし、食器類や食材までお世話になりましたね。」スターネットカフェのHPのトップにこんなメッセージがある。「スターネットでは、小さな活動ながら様々な分野で活躍する人達の協力によって、自分達の行為が出来るだけ地球に負荷をかけず、清らかで美しい暮らしが実現出来る 様に心掛け実践しています。」「清らかで美しい暮らし」。 SUZUNEも正に、このコンセプトを引き継いだといえる。

■活きた食材の命をいただく
 SUZUNEでもてなされる逸品には、珍しさや真新しさといった感じは無い。一言でいうならば、「優しさ」であろうか。新鮮で安全な素材(無農薬無科学肥料が基本)を厳選し、野菜;穀物・卵・肉・豆腐・味噌・ゴマ等、食材の多くは県内で産声を上げたものばかりだ。また、梅干やジャムなども自家製のものを使用している。「スローフード」という言葉があるが、正にそれ。ジャンルは和・洋・フレンチ・イタリアン、どれにもあてはまらない。自然食や郷土料理をコンセプトに、展開されるメニューだ。そして「活きた食材」を扱い、その「命を頂く」ため、あまり切らない、煮ない、火を通しすぎないことも重要なポイントだという。「今は仕事オンリーの生活です。プライベートも仕事のことばかり考えていますね。それだけに、やりたいこと、やらなければならないことが沢山あります。以前は、アンティーク品の収集、町の中を食べ歩き、プロ野球観戦など欠かせませんでしたけどね(笑)。でも、立ち上げたからには必ず実にしないとね。だから今は、非常に前向きに仕事オンリーです。」

■野望はいつか、現実へ
 鈴木さんに、ご自身についてお伺いしてみた。「いい加減な性格だと思いますが(笑)。負けず嫌いです。元々人と接することが好きで、対人の関係から吸収することが多いですね。ただ、意地っ張りでとことんやらないと気がすまないタイプなので…色々と経験もしました(笑)。」仕事上尊敬する人は、益子の「スターネットカフェ」のオーナー馬場浩史さん。「馬場オーナーに出会わなければ、今の人生はなかった。本当に感謝しています。」 そして、このビルのオーナーの福田稔さん。「懐が深くて、あったかい人ですね。 場所柄もあると思うが、会社帰りなどに利用するお客様も多い。疲れた頭を休ませ、 舌で食材の美味しさを堪能し、空間で癒される。深呼吸したくなるようなお店だ。 「まずはお客様に来店していただき、満足してもらいたいです。今後はスタッフもて、2Fにギャラリーも作ってみたい…五年先、十年先の夢もあるにはあるんですが…」 と、謙虚な鈴木さんは話をここで打ち切った。「自分がやりたい、と思っていた野望が現実になることを夢見ていた。それが今となった…という感じです。まずは自分が変わる、そうすると周囲も不思議と変わって、後押ししてくれるようになるんですよね。だから自分に正直に、そして正直に仕事をしていきたいと思います。」最後に、鈴木さんは宇都宮の町についても、こう語ってくれた。「宇都宮でお店をやっている、という感覚ではありません。いうなれば、アメリカ的なビジョンでものを見て、ゆくゆくは県庁前通りから町を変えていきたいとも、感じているんです。」

Vol.53 日本料理みしま 代表取締役社長 鷹見直人さん

2007.06.21
■ 包丁一本で飛び込んだ 調理の世界
 昭和40年代、ラーメンが一番のご馳走だった頃、鹿沼の末広町に一軒のラーメン店があった。その店が、現在の「日本料理みしま」の原点だった。代表取締役社長の鷹見さんは調理科を卒業後、10代の頃から都内の日本料理店で修行を積んだ。高級料理店を利用する客層は企業トップや政治家など舌が肥えた富裕層が多く、最高の食材と器に触れる機会に恵まれた。慣習の世界で、技術を習得するには一番の環境だった。 「朝は8時前から夜中は11時過ぎまで働き通し。お金もなくて銭湯にも行けないような状況で苦しかったけれど、修行は楽しかった。住み込みや居候で働いていたので、自分の荷物は包丁一本でした。」宇都宮に戻り10年。ある一人の師匠に出会った。日本で最も古い調理師会の副会長を務めた、宇短附の調理の先生でもある青柳氏であった。「調理師には包丁が上手い人、鍋が上手い人がいると思うんですよ。20~30年前は包丁が上手い人が重宝されていたけれど、今は煮方が重視ですね。青柳先生は言うなれば武道派でも知能派でもない、人間味のある方です。調理師の鑑として尊敬できる方。料理には心がこもっていて、何気ないところにも気遣いのある献立が素晴らしかったです。」結婚した頃、そろそろ東京の銀座辺りで再チャレンジしようと考えていた矢先、実家から家業を継いでくれとの話が持ち上がった。「最初は暗い気持ちで継いだんです(笑)。どんなに趣向をこらしてもお客様が付いてきてくれない焦りもあって…。サーモンの刺身を焼いて、はまぐりの汁でジューサーにかけて、桃色のお吸物を作ったりと。東京での流行を取り入れて表現してみても、受け入れてもらえなかったんですね。」 悩む日々が続いた 「今となってはなぜそうなってしまったのかよく分かります。お客様の求められるちょっと上の料理をお出しするのが、喜ばれるコツなんです。」

■出過ぎるくらいの杭であれ
 平成10年の12月に、「日本料理みしま」は装いを新たにリニューアルオープンした。出る杭は打たれるというが、出過ぎるくらいでいよう、という固い信念があった。「毎日が徹夜。体が持つか、お店が軌道に乗るかのどちらかだと、とにかくがむしゃらでした。」以前は駐車場が足りないことでキャンセルされたこともあった。料理の腕以前に、ハード面で断られたことが悔しかった。その時の教訓から、現在は広大な敷地内に駐車場スペースを確保している。また、クレームにも悩まされた。オープン当初は特にクレームの嵐だった。「今だから笑い話になることもたくさんあるけど、準備不足というのがありましたね。それでもオープン3年目で1年以上の社員が増え、安定しました。」オープン1年目で再度改装。特注で雪見障子をあつらえた内装にしたり、堀ごたつを用いたり、細部にまでこだわった。「うちのコンセプトは、幅広い料理を提供できるということ。二千円~二千五百円くらいのお食事から、八千円~一万円の会席など、お客様の用途にお応えできるよう、努力しております。」ゆずれないモットーとしては、料理の値段での安売りはしないこと。それはオープン当時から変わらない。値を下げるくらいなら、気持ち一品添えるサービスの方がいい。求められるものは価格ではなかった。お客様のニーズに合わせて、内容にもとことんこだわった。ハモもフグも、出すことが出来る店は鹿沼では類を見ない。「味だけは間違いのないものを出そうと。そこだけは変えずにやってきました。」

■懐の深い料理を次世代に 『生きる術』として伝える使命
 鷹見さんには、お二人のお子さんがいる。そして、みしまの女将として切り盛りするのは奥様だ。お店を立ち上げた当初から支えてくれた奥様には「心から感謝しています」と話す鷹見さん。 「多忙だったため、子供には小さい頃から人一倍寂しい思いをさせてきたと思います。運動会なども顔を出すくらいで一緒に参加してやれなかったりね。妻にも相当苦労をかけました。何年も無休でしたから。今は週に一度は、家族全員で食事に行ったりしています。」
 これからのみしまの発展についてお聞きした。 「料理の世界では、キレイごとではなく、自分は『生きる術』を教わってきたと思います。これからはその恩返しが出来るよう、若い世代に心と技を伝えたい・・・やがてのれん分けも発生してくるでしょう。技術の世界だから簡単に増やせる形態ではないですが、それが現在の夢ですね。」  夜の部にさしかかる時間となり、にわかに準備で慌ただしくなってきた。鷹見さんの足元をふと見ると、下駄ばきで軽快な音が鳴っていた。『のめりの下駄』と言うそうだ。「いつでも調理師の心を忘れたくないな、と思っているので、スーツの時でも普段でも、履くようにしています。うちの調理場は全員下駄履きなんです。」
「今になって、違った意味で料理を楽しめるようになったと思います。目指してきたのは懐の深い料理、カドの取れた料理です。技の差はあれど、長年続けていればそれなりに板についてくる。でも人としての心を、いつまでもテーマとしていきたいですね。」
 若い頃は「これでもか「見てくれ」という料理に執着していた、という鷹見さん。年月を経て技は磨かれ、心眼は更に光を放つようであった。

Vol.52 ブーランジュリ・ア・ランシェンヌオーナーシェフ 小林右司さん

2007.06.21
■口笛を吹きながらざっくりとこねられたパン。
「とにかく夢中でやってきました。まだまだ、登山で言えば中腹。途中の段階です。」河内町下岡本にあるブーランジュリ・ア・ランシェンヌは、静かな住宅街にあるパン店だ。ちょうど夕刻の時の取材となり、店内のパンが一斉に夕日に照らされていた。どれも手の温もりのこもった品ばかり。お客様の足も途絶えることがなかった。「もともとはフランス料理からスタートしたんです。中でもパンの世界は、奥が深そうだなと思って足を踏み入れたんですよ。」オーナーシェフの小林さんは、活き活きとした表情で経緯を語ってくれた。旅先で訪れたフランスでのパンとの出会いが、大きな分岐点となった。以前の職場で知り合った3人のフランス人。中でも、デボアさんという職人には影響を受けた。『経験の違いだね。まずは見てよ。』というのが、彼の口癖。「教わる」といった感じはなかった。お互いが「あ・うん」の呼吸でパンを作っていく。彼のやり方を体で感じながら、時が流れた。「日本のパンって正確なんですよね。フランスではざっくり作り上げる感じが強いですね。それでも出来上がりは非常に正確。それまでの自分は、結果重視のパンを作っていたんですね。プロセスもとても重要なんだなと気づかされました。」口笛を吹きながら、冗談を言いながら、魔法の手から作り出されるパンの数々。
「『水量を変えるの?』と聞いても、返ってくる答えは『経験の違いだね。まずは見てよ。』という言葉(笑)。パン作りを楽しみながらやる、ということをデボアさんから教わりました。彼との出会いが自分のキャパを拡げてくれたと思っています。」


■「菓子パン」ではなく「食事パン」
「パンを作る時は、自分にとって一番リラックスした状態です。楽しいとも辛いとも違うし、仕事でもプライベートでもない、フラットな行程。趣味と仕事は一体になっていますね。」元々が「おもてなし好き」という小林さん。朝の4時から生地をこね、夜は21時頃まで通しで作業に没頭する。「何でも段取りが命。仕事は正に準備で決まります。『段取り8割、仕事2割』ですね。このパンはこうすればいい、あのパンはどうすればお客様に喜んで頂けるか・・・常にそんなことを考えながら作業にあたります。例え予想外の評価を頂いたにしても、それは勉強になる。前段階でいつもシュミレーションしてから、生地をこね始めています。」開店より2年が過ぎ、地域にも遠方の人にも、口コミでどんどん広まっていった。特徴は菓子パンではなく、あくまでも「食事パン」をメインとするラインナップ。当初はよくあるメロンパンやクリームパンがなぜ無いのか、という声をよく頂いたという。「フランス料理の畑からの転身だったので、コンセプト全てにおいて、パンに対する見方が違っているのだと思います。それが他店との差別化の一つかとも思うんですが、とにかくパンを「料理」として食べて欲しい。スープやメインディッシュと一緒に味わって欲しいというのがあります・・・ここに来て、ようやく認知して頂けたような気がします。」菓子パンや調理パンをやりたくないわけではない。ただ、優先したいパンがあった。「元々料理をやっていたし、流行というわけでもスローフードというわけでもないけれど、夕食にパンを登場させたい、という業界の一つの考えがあるんですね。当然そっちの方が消費も伸びます。レストランがパン屋をやることはあっても、パン屋がレストランをやることはあまりないと思うんですよ。僕が今後目指していきたいのはそこです。ディナーメニューも提供できるサービスを実現したい…そこで出されるパンは、間違いなく旨いと思うから…」

■パン作りとは「一日完結の子育て」
 パンの魅力のとりこになる人は、特にその「発酵」という行程に惹かれるという。その行程は、お菓子や料理にはない。作業中に「発酵」が存在するのはパンだけだ。 一度で終わらない、つぶしてはまた再開、というような段取り。パン作りの行程を、小林さんは「一日完結の子育て」と話してくれた。 小麦粉・塩・水で「出産の準備」。生地をこねて「出産」。生まれた生地で形を決めることが「子供の入学や卒業」。最終段階の発酵が「高校や大学の卒業」。そしていざ、釜から焼き上がった時に「成人」を迎える。 「そうして、お客様のお手元に届くわけです。だから発酵という過程はいわば「青春時代」と同じ。いかに充実させるかで、その後の人生も大きく決まっていく多感な時期だと思うんです。ただ、パンは放っておいても発酵しますから、僕はその手助けをしているだけなんですけどね(笑)。」  ブーランジュリ・ア・ランシェンヌでは、現在スタッフを募集している。採用基準は「ビジョンを明確に持っているか否か」、だ。 「どうなりたい、という漠然とでもいいから譲れないものがあれば、少々のことがあっても揺るがないはずなんですよね。そのビジョンを持っていないから乗り越えられない。 最終的には、お店はどんな人が作っているかにかかってくると思うんです。同じ方向性を持っている人であれば、大歓迎です。」 何故だか分からないが、非常に落ち着いて居心地の良い店内。オーナーを始め、スタッフの皆さんの人柄が表れている。 人生に「青春時代」がもう一度来るとするならば、それは自分次第。自らこねられ、窯に入っていける感受性を持つ人でありたい、と考えさせられた。小林さんの頭の中には、まだまだやりたい食事パンのレシピが山ほど詰まっているそうだ。作ることの方が到底追いつかない。羨ましい限りだ。