良心とは、「人間の目」からの視点ではない。
「神の目」を意識して、初めて芽生える。
人を思う徹底した姿勢を祝福するのは「快のエネルギー」。![]()
■関東でナンバーワン。国内でも第3位の実力
鹿沼にある(株)オオツは、全国トップレベルにある優良企業として、その業界では注目を集めている。元々本社が、昭和45年に創業。フラッシュドアを中心に業績を伸ばし、第二工場が完成したのが平成7年。ここの責任者として就任したのが、業界では風雲児的存在として名高い大津常務だ。
初期の段階で、本社のドア部門とは別に、窓やドアを囲う木枠に注目。業界内では後発のスタートではあったが、常務自らが指揮を取り、製造から営業活動に至るまでを手掛け、驚異的な業績アップを実現。現在、本社25名、第二工場25名の合計50名の社員を抱えている。規模としては大きくはないが、現在関東でナンバーワン、全国でも第3位に位置し、大手企業と対等に渡り歩く企業として、高い評価を得ている。
納入先も驚く内容だ。主に首都圏の超高層ビルを始め、芝浦アイランドなど。首都圏の超高層ビルの3分の1は、オオツの製品が納入されている。
常務の大津さん自身は、元々の将来の夢が教師だった。
「子供の頃から父の苦労話を聞かされていましたので、家業を継ぐことは念頭にはありませんでした。何か教育関係の仕事に就きたい、と希望していたんです。」
第一志望だった、同志社大学に入学し教育学を専攻する。学生時代には、創立者である新島襄の思想にとりわけ感銘を受けた。原点は人の「良心」による教育だった。大学4年の時に教育実習を行ったが、徐々に違和感を感じ始めた。
「昔ながらの固定概念に縛られるような窮屈さを、教育の分野に感じ、生涯の仕事にすることに不安を覚えてしまいました。もう少し自由度の高い仕事を求めるならば、その対局にあるのがやはり商売かな、と。そこで家業を継ぐ決意をしました。」
今から13年前に、オオツ第二工場の運営がスタート。運営といっても、砂利が無造作に敷かれたままの敷地で、何もかもが手探り、自分一人でやるしかなかった。
「社員もいません、取引先も仕入れ先もない。どこに売れば良いかも分からない状態でした。1年間は週の半分が東京への出張、戻ってから作業場で一人で製造作業。夜は2時〜3時当たり前。朝はまた7時から工場に入る…そんな毎日の繰り返しでした。」
また、住宅産業はクレーム産業と言われるほど、クレームの多い業界。都内などからクレームが入り、土日に現場に駆けつけて修復作業を行った。社員が3名になった頃からは、大津さん自らが営業先へと足を運んだ。数年間は休みが無かった。
「業務が軌道に乗り始めるまで、3〜4年はかかりました。そうすると大量発注や、手間暇かかる内容に絶えきれず、辞めていく人がいる。それで募集をかけると運が良いことに、更にスキルの高い人が集まってくれて…人にはとても恵まれました。」
(株)オオツの快進撃は更に、加速度を増すことになる。
■540世帯分の作成ミス「気にするな」
「都内トップレベルのある大手企業に足を運んでいた時のことです。私はまだわずか27歳でした。そこに60歳代の常務さんがいらっしゃって、気に入っていただけたんですね。突然我が社を訪問したい、という依頼が来ました。でも、田舎の小さな工場でしょう?(笑)。従業員も少ないし、お見せできる様な代物ではなかったのに、何と契約を頂いたんです。」
しかも、これまで20世帯レベルを専門にやってきた中小企業に舞い込んだ初の契約依頼が、都内の540世帯にものぼるマンションでの仕事だった。
「もう必死です。何とか間に合わせようと奮闘したんですけど、追いつかなくて。納期遅れを許していただいて、やっと最終納品にこぎ着けた時のことです。」
大変な事態が起こった。540世帯の全てのドアと、木枠の色が違っている、というクレームだった。
「あの時のこと、今でも鮮明に覚えています…。車を走らせて到着した先の部屋に、その常務は座っていらっしゃいました。室内は夕日で真っ赤に染まっていまして、今でも思い出せる程です。」
取引先の常務が言った言葉は、
「気にするな。俺がお前に頼んだんだから、俺の責任だ。」
その後に頂いた発注依頼も何と、460世帯のマンションの仕事。
「その常務さんのことは、生涯忘れないでしょう。そんな偉大な人との出会いがあって、恵まれた歴史があって、今の自分がいるんだと…。」
2〜3年は右肩上がりの好成績が続いた。取引先にも恵まれ、商社を通さずに、ダイレクトに注文が殺到するようにもなった。
■いつか感謝の気持ちを伝える社会貢献を
失敗や苦悩をみじんも感じさせない、終始おだやかで、まるで昔の面白いエピソードを語っているかのような印象の大津常務。
「やはりね、苦労が見えては駄目だと思っています。周りの人に、嫌な思いをさせちゃ駄目だと、常にそう思っているんです。」
器の大きさ、人間の幅を感じさせる言葉だ。そんな大津さんに、成功の秘訣を伺った。
「無論、感謝です。急成長とよく言われるのですが、私自身、あまり実感がありません。オオツを支えてくれた一つ一つの出会い全てが、今の結果だと思っています。」
全国でもトップクラスの企業にまで昇り詰めた今も、思想は至ってシンプルであり、徹底して謙虚な姿勢を貫き、奢ることは一切無い。営業マンの活動がなくても、注文が舞い込むという驚異の現象が起きている。
将来の展望は…という質問に、こんな答えが返ってきた。
「例えば東南アジアなどに日本人が行くと、割り増し料金を請求されるのはよくあること。それを嫌がる考え方もあるけれど、逆に多目に払ったら、その人の食卓が潤うかもしれない…話は飛躍しますが、私は、企業とは人の役に立つべきものだと思っているんです。」
目下の夢は、海外に工場を作り、現地での雇用を促進すること。
「やっぱり、日本人は世界で一番恵まれていると思うんです。そしたら次は、世界のために何かをする番ではないかと、思うんですね。決して夢物語や空想話でなくて、それを実現することで、今度は感謝を表し還元する、というプロセスを実現したいんです。」
「関東で第1位、国内で第3位という実績を手にした時も心底喜べなかったのは、じゃあ自分がマレーシアの木材資源を、一番切り倒しているんではないか…という思いがあったからなんです。」
だからこその感謝、そして人の何倍をも気を遣わなければいけないのだ、と大津さんは自分自身に課している。
「同様に魂のレベルも、上げていこう、と。人生は出会う人で決まりますからね。それは会社の責任者となって、10年以上経った今も、新しい人に出会う度に実感します。」
大津さんの母校の創始者、新島襄の「同志社大学設立趣意書」には、「一国の良心」を育成していく思想が謳われている。「良心」とは「人間の目」ではなく、「神の目」を意識して初めて芽生えるものだという。
決して現状に満足しない、慢心もしない。ありのままの姿で受け止め、基本は謙虚に感謝する。だから、どんなトラブルも回避出来るし、必ず味方となり、手をさしのべてくれる幸運も手に出来るもの。観点も時に神のように俯瞰から、物事を捉えることもある。
大津常務の周囲には、ご本人のテーマでもある「快」のエネルギーに満ちている。
株式会社 オオツ
本社・第一工場 栃木県鹿沼市上殿町172-1
tel.0289-65-4555
第二工場 栃木県鹿沼市日光奈良部町303
tel.0289-63-0956
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