美容師とは、「一客入魂」のサービス業である。
他の人を楽にする「はたらく」真髄を伝え、率先垂範する姿に、
日光連山は「勝利の情景」として優しく微笑む
■「お前のシャンプーは下手だ」からスタートした修業時代
19歳。一人暮らしをしていたアパートから電車で3つ目の駅を降りたところにある小さな美容室がアルバイト先だった。当時は商学部に通う大学生。アルバイトをしながら学校に通い、それでも3年生が終わる頃には、卒業に必要な単位はほぼ修得していた。
そして4年生になって就職活動。ある大手印刷機器会社と、車の販売会社からの就職の内定は取れていた。でも何かが大きく違っていた。学生時代には様々なアルバイトをした…ガソリンスタンド、レストラン、ホテル、工場、日雇い…そして美容室。その中で理不尽なことも経験してきた。徐々に芽生えてきた自我との葛藤、そして「自分で創っていきたい」という強い思い。そんな気持ちが日々増大していく中で結論を出した時、手の中には一通の美容専門学校の入学願書を握りしめていた。そして大学4年の秋、美容界への挑戦が始まった。
本格的な美容業のスタートはそれから1年後、大学と美容専門学校を卒業して東京を離れ、栃木県宇都宮市のインターンの修行時代から始まる。
「とにかく頭を押さえつけられるのはイヤだった。昔っからそうでしたね。もうがむしゃらに自分で創っていきたいという気持ちが強かった。ただ、美容師としてヘアスタイルを創るというよりも、事業として美容室を創っていきたいというビジョンの方が強かったんですよ。」
元々アルバイトでかじっていたため、美容専門学校時代は当初からシャンプーが得意だった。先生にも褒められ、同級生にも羨望のまなざしで見られた。
「自分はシャンプーは上手いんだ…と思いながら卒業して、インターン先のお店で早速そこのオーナーの頭をシャンプーさせてもらいました。そしたらそこでバッサリと叩かれましたよ(笑)、『お前のシャンプーは下手だ』と。」
当時は現在よりも労働条件的には整備されていなかった。休みは少ない。拘束時間は長く、深夜まで練習。少しの睡眠の後、また疲れた体を引きずって早朝練習、そんな繰り返しだった。
「でも感謝しています。今に見てろよ、と思いながら…別に誰に見て欲しいわけでもないんですけど(笑)、負けん気の強さと若さだけであの頃は突っ走ってましたね。」
であの頃は突っ走ってましたね。」
それから修業時代が終わり、地元に戻りスタイリストとして仕事をしていた頃、栃木県今市市にジャスコが新規オープンするという話が舞い込んだ。2年後の大型ショッピングセンターの出店に、町は戦々恐々となっていった。今市は自分の先祖が眠っているところ…自分の原点でもあり最期の場所でもある…だから執拗にこだわった。
「将来的にいつか美容室を立ち上げて、法人化したい…という野望を持っていたので、絶対にテナント出店の権利が欲しい。熱意を分かって欲しくて何度も東京のジャスコ本社に足を運びました。やっぱり無理なのかと出店契約が暗礁に乗り上げそうな時なんかは、夜中に独りで長渕剛の歌を聴いて、励まされたりなんかしてました(笑)。」
何度も挫折しかかりながらもようやく念願が叶い、出店第1号となる美容室ラッシュ今市店が実現した。
「今でも忘れられないですよ。」
初めての出店、その初日。有料道路を宇都宮から今市まで車を走らせている最中のこと。
「もうすぐ今市に着くという道中、遠く目の前にくっきりと日光連山が見えたんです。そのあまりにも綺麗な景色に圧されたのか、それまでの色んなことが頭に蘇ってきて、運転しながらしばらく涙が止まりませんでした。」
その後(有)ラッシュグループは順調に店舗数を増やし、現在では直営店、グループ店合わせて5つの店舗を所有している。
■ハサミを置く決意をした34歳
経営者へと転身
「私自身は、あまり前に出たくないタイプです。どちらかというと裏方が向いている。今でも固定のお客様に対してはハサミを持つこともありますが、今市店のオープンの時なんかは、完全にアシスタントに徹していました。スーパーアシスタントとして(笑)。」
美容の世界に入ると決めた時からずっと、生涯ハサミを持ち続けていくことに不安は感じていた。そして34歳の時、ハサミを置くことを決意、経営者へと転機を迎える。
極度に負けず嫌い、尚かつ一度決めたら必ず実行。その不屈の精神を物語る、学生時代のエピソードがある。
「中学時代は反抗期真っ盛り。大嫌いな歴史の先生がいました(笑)。前は見ない、話は聞かない、指されても完全無視。先生も私のその態度に諦めて、互いに存在を無視するようになったんです。ただ、反抗しているだけでは負ける気がして…だから絶対に決めていたことが歴史の期末テストではなんとしても100点を取るという自分への決意。それをやり遂げた時、答案用紙を返却してくれた先生の口元がニヤリと笑ったんです(笑)。無言でしたけど。後にも先にも中学時代に100点を取ったのは1回きり。カンニングはしてませんよ(笑)。」
学生の時代は、100点で良い。しかし社会に出たらそれだけでは許されないと山﨑さんは語る。
「例えば美容師。100点取って当たり前なんです。お客様の望むようなスタイルにするのが当たり前。しかもお客様の言う通りのスタイルではなく、お客様の思い描いたスタイルをお作りするのが美容師の務め。それを感じ取り察知して、言われなくても具現化する能力も当たり前だし、100点が取れる美容師では、リピートのお客様は取れない。」
2度目、3度目も足を運んでしまう美容師の条件は…「105点、110点を取れる美容師である」という。
「皆さんにも経験があると思うんですが、やっぱりベースは人。最後の決め手になるのはやすらぎだったり、楽しさ、面白さ、ファッション、憧れ、尊敬…色々あるでしょうけど、『あの店』じゃないんですよね、『あの人』です。」
■働く=他の人を楽にする
技術の高さもさることながら、山﨑さんが重視しているのは生身の「人」としてのスキルの高さ。朝礼や様々なミーティングの場で、これまでの経験、失敗談、成功事例など、与えられるノウハウは全て、社員教育に注いでいる。
「私のやり方は一方では極端かもしれないけれど、今、本当に気持ちの良いスタッフ、仲間が揃っているし付いて来てくれています。感謝しています。」
そんな山﨑さんの意思を継いで、美容室のスタッフさんたちは接客応対も素晴らしく、物腰も柔らか。先日とあるスタッフの方が、高齢の女性の方より激励のファックスを頂いた。そこには、「あなたのファンのおばあちゃんより」と書いてあった。
「そのファックスは、担当の美容師に言われてすぐにパウチを掛けました(笑)。宝物ですもんね。これはお金では絶対に買えないもの。僕もこの話を聞いて、本当に嬉しかったですね。美容師は職人でも技術職でもない。美容師とは一客入魂のサービス業だ、と私は何度もスタッフに言って聞かせています。」
技術力は当たり前、一番大切なのは人としての心配り、気配り、相手を楽にする思いやり。そして、仕事を「楽しむ」こと。
『働く』という言葉は、「はたらく=他の人を楽にする」という意味があるという。自分が心を開いて、周囲の人を楽な気持ちにさせること、それが労働だと、山﨑さんは言う。
「それはお客様、取引業者さんを始めとする、このラッシュに関わる人たちを総括して、心配りを忘れないということだと思っています。」
社名にもなっているラッシュとは、文字通り人々の集まる様を表す。そして山﨑さんの名前、「和伸」も、『人の和(輪)を伸ばしていく』という意味合いが込められているのかもしれない。
人には忘れられない情景がある。とりわけ、人生の劇的な場面で脳裏に焼き付いた風景は、生涯において映像となりずっと刻まれるものだ。地元を愛し、地元の発展を切々と願って止まない山﨑さんにとって、日光連山の雄姿は正に「勝利のイメージ」。困難に打ち勝った者だけが迎えられる、成功という名の情景なのかもしれない。
| パーマリンク | | 2007.11.27 |
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